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第9回 親と子、そして感謝の心
 
 
動物の子育て

  ヒシの実、しば栗、サツマイモの葉柄、この秋も旬の味を堪能した。ドウダンツツジも紅葉し始め、秋を楽しむ中にも、家族を犠牲にする少年事件、自分の子どもを虐待する親、いじめを苦にした自殺、さらには必修科目の未履行という教育の場…何かが狂っているとしか思えない悲しい現実ではある。
 動物の親は子育ての過程で、子どもが一人で生きていく力をつけさせるワザを持っている。
文鳥のヒナを巣から取り出し、人間が餌をやって育てると実によく馴れて可愛いが、こうして育てた者同士を番にしても子育てはまず無理である。


 高等猿類の場合はどうだろう。やはり、生まれた直後から人間が隔離飼育したものは母親になっても子育ての方法が分からず、パニックに陥って子どもを放り投げたりする。群れの中で母親に育てられたサルは、他のサルの親子関係も見ながら育つことで種の文化を継承しているらしい。だから、親になっても大丈夫なのだろう。母系家族の動物は、自分よりあとに生まれた子の面倒をみながら子育てを学んでいくという。
 
遊びから学ぶ

  ペットも例外ではない。市場価値は一番可愛いときが勝負だから、子どもが親の愛情を一番欲しがり、しつけを受ける時期に親から離されて店頭に出る。子ども同士が群れ遊ぶ中で自分の位置づけや関わり方を学ぶべき成長過程を持たず、人間に可愛がられるのみで大きくなった子はむやみに吠えるとか、すぐ咬みつくなどの情緒不安定な一面をみせることが多いらしい。
 今、子ども同士が一緒に過ごす時間が少ない少子時代。幼いときから母親のもとにいる時間も確実に減っているご時世。ましてや、勉強の押し付けや受験最優先の教育環境はどうしたものかと思ってしまう。


 子ども同士の遊びは、かけがえのない社会生活の学びの場であり、精神的成長の場でもある。他人との関わり方や動物たちの行動、四季折々の自然の情景に感性を育てる心の教育こそが大切であることを私たちはもっと早く素直に受け入れるべきではなかろうか。


 芋を海水で洗って食べる幸島のサル、雪の地獄谷で温泉に入るサル、いずれも子ザルが始めたらしく、親から子へ、そして頑固なおとなが真似て群れ全体に広がったのがほほえましい。   
親から一方的に押しつけるのでなく、逆に子どもから学ぶことも大いにあるわけで、子どもからのシグナルを受け入れる包容力の大切さを教えてくれる気がする。文化の成立に発明、伝播、伝統が不可欠であることさえも彼らから学べるではないか。
 
感謝の心を

  話変わって、私たち人間のために犠牲になっている生物は実に多い。鶏卵のために改良された白色レグホーン種は、今や、自分で生んだ卵を抱卵するスベさえ知らない。乳牛に至っては、生まれたわが子に飲ますはずのお乳を人間に横取りされる。孵卵器で孵ったヒヨコも、乳を出すために人工授精で産ませた子牛さえも、雄ならば早々に淘汰される運命にある。

 今の時代、ほしい品物とお金をレジに出せば、言葉を交さなくても必要なものを買える。
文字入力すれば、相手の意思や都合に関係なく、自分の意思だけを伝えることができる。
携帯電話に入力しながら無防備に横断歩道を歩く若者も珍しくない。
 何でも与えられて大きくなった人間は自己中心的になり、次第に弱い人間へと退化しているのではないだろうか。自分が大きな社会の一員であり、家族の大切な一員であると同時に、私たちは「当たり前」と「感謝」という気持ちの違いで心豊かになれることを忘れてはならない。
 「自由」と「勝手気まま」は全く異なる次元のものである。
誰もに生きる権利を与えられている私たち人間こそ、他人への配慮と命を大切にせねばなるまい。秋の夜長、ふと考えてみる話題提供になれば幸甚です。
 
 
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