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ホーム >> くさつがわ家とお隣さん
 
 ピザでも…
 ピザ屋さん、困り顔です。おそらく本当にピザを頼んだお客さんが首を長~くして待っていることでしょう。今ごろお店には「どうなってるの?」との電話がかかっているかもしれません。察するところ、この困った(?)おばあちゃんはマンションに暮らす高齢者。一人暮らしか、昼間は家族が外出していてお一人なのか…。配達先を間違えたピザ屋さん相手にお腹が減るくらい話すのですから、よっぽど話し相手が欲しかったのでしょう。

 さて突然ですが、あなたは今日、何人の人と話をしましたか?「そんなのイチイチ数えてられない」との声も聞こえてきそうです。別にからかってません。大いにまじめな話です。一日中、誰とも挨拶も会話もない孤独があなたの街にもきっとあるからです。哲学者の三木清さんは「孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのでなく、大勢の人間の“間”にある」と言いました。そう日々の暮らしの中だからこそ、そこに人が集う街だからこそ、人との縁が切れた時の孤独は大きいのかもしれません。

 そんな「街の中の孤独」に直面するケースが多いのが高齢者です。とりわけ、このおばあちゃんのように駅前なんかの高層マンションに暮らす高齢者を取り囲む環境は厳しいようです。一人暮らしはもちろんのこと、家族と暮らしながら昼間は独りとなる高齢者も結構おられます。物騒な時代。家族からは「戸締りをしっかりするように」「人が来ても、むやみに出ないで」なんて言われ、気がつけば一日中テレビを観たり、窓の向こうをぼんやり眺めてたりして…。

 ちょっと前までは隣同士やご近所さんみんなが顔見知りで、何となく目配りしている近所づきあいがありました。また家には「集金」や「御用聞き」などで色々な職業の人がやってきました。そこでも会話が生まれ、家族の成長や暮らしぶりを何となく知っている関係もありました。
そう、家族やご近所さん以外にもこうしたたくさんの見守る目があったんですね。

 こうした近所づきあいはマンションでは難しいし、集金や御用聞きに来る人も、めっきりと見なくなりました。あるのはマンガに出てくる宅配業者さんくらい。「街の中の孤独」から高齢者を救うために、今、私たちにできる「見守る目」を考えていく時期なのかもしれません。だって私もあなたも必ず歳をとるのですから。

 そう。これって、みんなの問題。
 
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